ペットと飼い主の関係

増田 宏司 先生

農学部 動物科学科

増田 宏司 先生

農学部 動物科学科

ペットと飼い主の関係

犬の「誰とでも仲良くできる能力」の解明が SDGsの全課題を達成する基盤になる

犬の行動に「誰とでも仲良くするためのお手本」を見出して

SDGsの17番目の目標「パートナーシップで目標を達成しよう」は、「パートナーシップをもって立ち向かわなければ、他の16の目標は何一つ達成できない」という課題を含んでいます。大切なのは、どうしたら地球上のみんなが、立場や境界を越えて、協力しようと強く思えるようになるかです。しかし現状では、人間の知恵だけでは人間同士が良好な協力体制を築くのは難しくなっています。

 

私は「ペットと飼い主の関係」をテーマに、犬の研究をしています。犬はこちらからの働きかけに対して、非常にわかりやすく反応を返してくれ、知れば知るほど興味深い動物です。犬を観察し続けてわかったのは、犬はどんな動物、相手に対しても自分の気持ちをできるだけ誤解のないように素直に表現し、良好な関係性を築く能力に長けているということです。

 

犬同士のあいだに不穏な空気が漂ったとしても、喧嘩になることはほとんどありません。どちらかが威嚇したら、どちらかが服従姿勢を示し、傷つけ合うことを防ぐのです。人間との関係においてもそうです。例えば飼い主につらくあたる人に対して、犬がどのような反応を示すかを調べた実験がありますが、犬は飼い主につらくあたる相手に対しても、時間はかかっても最終的に良好な関係性を築こうとすることがわかりました。犬は、自らの立場や利益に大きくとらわれることなく、誰とでも仲良くできる動物なのです。犬のこうした能力は尊敬するべきもので、人間の良いお手本となります。

 

私たち人間の傍らには、1万年以上も昔から犬がいました。つまり犬は1万年以上ものあいだ、人間に「誰とでも仲良くするお手本」を見せ続けてくれていたのです。なぜそのことを、私たちは見過ごしてきてしまったのでしょうか。それに気づいたとき、研究者として、獣医師として、何より犬の専門家として猛省するとともに、犬という動物のすばらしさを改めて実感しました。そんなパラダイムシフトを経て、現在私は、「なぜ犬は色々な生き物と仲良くできるのか」を明らかにしたいと考えています。

 

普通に考えれば、犬にとって他種動物である人間と仲良くするのは至難の技です。犬が誰とでも仲良くできる秘訣をあえて人間の言葉で無理やりに言い換えれば、「人間とは質の異なる、犬独特の、より心地よく生きようとする一生懸命な気持ちのようなもの」となると考えています。

 

この犬の気持ちがどんなカタチをしているのかを科学的に解明することが、私がSDGs17番目の目標達成に貢献できる方法だと思っていますが、犬の心の研究は進んでおらず、それを明らかにする手法もまだわかっていません。こうした一生かかっても解明できるかどうかわからない命題に出会えたことは、研究者としては、非常にラッキーなことです。

 

 

 

私たち人間に必要なのは動物たちから学ぶ姿勢

犬は、「誰とでも仲良くするお手本」となるだけではなく、私たちに様々な気づきを与えてくれます。たとえば慌ただしい朝も、のんびりと横たわっている犬の姿を見ると「そんなに焦る必要もないか」という気分になり、「心に余裕を持つことの価値」に気づくことができます。

 

ここ20年ほどは、世の中が非常に大きく変動してきました。バブルが崩壊して、リーマンショックが起き、東日本大震災、そしてコロナ禍という流れの中で、人は追い詰められるほどに「癒やしが必要」と言い出すようになります。その言葉は、うまく社会が回っているときにはあまり出てきません。追い詰められ、どうにか生き延びようとするときにこうした言葉が出てくるということは、人は本能的に、「心に余裕を持つこと」の重要性をわかっているということです。

 

忙しい日常の中で、私たちは「心に余裕を持つこと」以外にも、大切にするべき物事や視点を、想像以上にたくさん、見過ごしてしまっているのではないでしょうか。しかし人間の傍らでは、犬はどんな状況にあっても、私たちが見過ごしている物事の価値を、常に行動で表現し続けてくれています。犬が示している価値ある物事に気づけるようになると、たとえば子育てをする際も、大人の価値観を子どもに押し付けることなく、その子が本来もっている性質を大切にできるようになるのではないかと思います。

 

人間はこれまで、犬に様々な役割を要求してきましたが、今度は私たち人間が、犬から学ぶ番です。「犬に学び、犬に倣う」ことは、私たち人間が良好な協力関係を築き、心豊かに生きるためのヒントになると信じています。それは犬がつくりすぎたパンをちょっと“おすそわけ”してくれる程度のもので、人間同士の協力体制を劇的に好転させるものではないかもしれません。でもそれは、私たち人間に「動物たちから学ぶ」という姿勢を浸透させることには役立つでしょう。人間は、動物たちから学ぶ姿勢を身につけることで初めて、自分自身も地球の一部であることを、本当の意味で理解できるようになるのではないでしょうか。

 

私ができることは、犬からの“おすそわけ”をより多くの人に届けることです。そのために、できるだけわかりやすい言葉を紡いで、伝えていきたいと考えています。

 

犬がポジティブな感情を抱いているとき、しっぽを右に振るという実験結果があるそうです。まさにその状態を模したぬいぐるみが、私のお気に入りのアイテムです。

もともと絵を書くのは苦手でしたが、授業の配付資料や講演会などの解説資料などで、犬の気持ちを視覚的に表現してみようと挿絵を描くようにしているうちに、いまではものの数分でイラストが描けるまでになりました。

Profile

増田 宏司 教授

農学部 動物科学科 動物行動学研究室

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