先生のSTORY
地域環境科学部
生産環境工学科
三原 真智人 先生
先生のSTORIES
地域環境科学部
生産環境工学科
私の研究室では、土地資源、水資源、生物資源を地域資源と捉え、それらを持続的に利用するために工学的・生物学的対策を検討し、その研究成果を住民参加型の農村開発や地域環境の修復保全活動などを通して実践しています。
大学教員として、どうしたら持続可能な農業農村開発を行えるか、どうしたらより持続可能な生活様式に変換することができるのかについて、大学で教育研究に当たるだけではなく、学校教育を十分に受けることができなかった人々に対し、特に東南アジアの国々に足を運び、様々な普及啓発を展開してきました。
国内外にかかわらず、農業生産を進めるにあたって持続可能性を担保することは、容易に達成できることではありません。現地では学際的アプローチが重要で、自然科学だけでは解決しない問題もたくさんあります。
たとえば私はカンボジアでも支援活動を行っていますが、カンボジアでは1975〜1979年のポル・ポト政権下で毛沢東の理論による共産主義の政治が行われ、信奉者となる労働者以外の知的階級は必要ないとみなされ、教師や医師、農業技術者などの知識層が200〜300万人も殺戮されました。ポル・ポト政権から新しい政権となっても2000年近くまで内戦が続き、農業生産基盤から市場に至る様々な技術や体制は近隣諸国に比べて10年以上も遅れをとり、人々の識字率も著しく低い状態のままでした。現地農家の識字率が低いことや農薬の基礎知識がないことをいいことに、近隣諸国はカンボジアに発がん性のある禁止農薬を売りつけ、深刻な健康被害も招いてきました。
こうした事例はごく一部です。私は研究の一環として、カンボジアのように、自分たちの力だけでは持続可能な発展が難しい国々で、現地の方々とともに課題と向き合い、日常生活の中で気づきを得ていけるような普及啓発にも取り組んできました。
私が海外での普及啓発の活動に力を入れるようになったのは、研究者として一定の実績を積んだあとです。研究者の世界は常に新しいことを追い求める競争社会で、私自身もその競争社会に身を置いていました。しかしあるとき、研究対象地域から土壌や植物などのサンプルを収集し、実験し、研究成果を発表しているだけで、その研究成果をサンプル採集に協力してくれた現地に対し全くフィードバックしていないことに気づき、研究とは何かを考えるようになるとともに、自分自身に対して憤りを覚えました。
それまでは、学会発表や研究論文を作成するなど、自分自身や研究室の大学院生の利益を主眼とした研究活動であり、自分自身と研究対象国との関係は、いわゆる先進国と途上国の関係性の問題そのものが表れていると感じたのです。
そう気づいてからは、「自分たちが得た研究成果を直接現場に返そう」と準備を開始しました。同じ思いを持った東京農工大学や東京大学農学部の教員や大学院生が東京農業大学に集まり、3大学(東京農業大学、東京農工大学、東京大学農学部)の有志が中心となり、研究成果の現地への還元を目指した普及啓発の活動を1990年にスタートさせました。2000年には大学から独立した国際NGOとして、2002年には「特定非営利活動法人 環境修復保全機構」が立ち上がり、研究者や大学院生が農業の持続可能性に繋がる技術をアジアの国々に還元できる基盤を整えることができました。現在では、創設に関わった大学関係者は法人の理事や監事等の立場におり、普及啓発の“Seeds”となる最先端の研究成果を持ち寄って、専門職であるファシリテータの職員が実施運営する国際協力プロジェクトを支援しています。
国連においても、「持続可能な開発」を達成するためには「教育」が重要であるため、2005〜2014年までの10年間を「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」として、学校教育のみならずインフォーマル教育も含め、様々な教育を通して持続可能な開発を推進するようになりました。DESDの終了後も、2016年から始まった国連持続可能な開発目標(SDGs)として継続されています。
大学は高等教育機関で、その本分は教育研究です。東京農業大学では各研究室・各教員の教育研究テーマを国連持続可能な開発目標(SDGs)と関連付けて、「持続可能な開発」における各々の教育研究の明確な位置づけを示しつつ、学部生および院生の人材育成に当たっています。海外からも年間200名を超える留学生を引き受けて、祖国の国づくりに貢献できる人材開発を目指した大学・大学院教育に取り組んでいます。さらに、国連機関、国際機関、国際NGO、政府機関などと協力して、持続可能な開発のための教育に係る活動の一部を担い、アジアやアフリカなどの農山村地域での適正技術の普及啓発や体制づくりなどの開発協力にも貢献しています。
東京農業大学の研究教育の理念に、「実学主義」があります。この理念はとても重要で、学会などで評価される研究成果を発表するに留まらず、現地や現場に適合する社会実装性を有していることが求められます。東京農業大学にはその意識の高い教員が揃っているので、自ずと「実学主義」に基づいた教育研究の環境が整えられています。机上の空論だけで終わらない教育とそれを支える研究環境の素晴らしさを実感できるはずです。
学生には、教室や研究室だけに留まらず、できるだけ様々な現場に足を運んでほしいと思います。その場で見たものや感じたことを大切にし、自分自身が目指すもの、問題だと感じるものを明確にすることが大切です。そして実際に現地の人々が大学で提案する技術をどのように使用するのかをシミュレーションしつつ、農業農村開発の研究に取り組むことができれば、きっと素晴らしい内容になると思います。自分自身の方向性や問題意識をもって、教室や研究室で「学」に触れれば、きっとそれまでとは違った世界が見えることでしょう。
東京農業大学は130年間の歴史を有し、毎年3,000人を超す卒業生を輩出しており、日本国内に留まらず世界中に農大ネットワークが形成されています。よく他大学の卒業生から、なぜ東京農業大学の卒業生は良いところに就職できるのか、と不思議がられます。それはもちろん学生自身の頑張りもありますが、130年間の歴史を有する農大ネットワークの恩恵ではないでしょうか。このネットワークを活かせることが農大生の強みなのです。
これから大学に進学する皆さんに伝えたいのは、大学に入学することを目的にしないでください、ということです。大学で何を学び、将来へどのように繋げていくかを考えてほしいのです。目をつぶって10年後の自分の姿を想像してみてください。何を極めたいのか、どのような専門を身に付けたいのか、どんな人物になりたいのかなどをしっかりと考えて、大学を選んでほしいと思います。
・日本国外務省無償資金協力プロジェクトの運営委員会後における、カンボジア王国コンポンチャム州農林水産局職員との集合写真。
・編集・出版した教育図書と国際学術論文集。国内外での土壌修復保全や自然資源利用、環境教育の啓発に広く活用されています。
・研究室における留学生とのコミュニケーション。様々な国から来日している留学生との繋がりからも、農大ネットワークは世界中に広がります。