先生のSTORY
生命科学部
分子生命化学科
矢島 新 先生
先生のSTORIES
生命科学部
分子生命化学科
私たちのグループでは分子を自由自在に組み立てる技(有機合成化学)を駆使し、生物を操る分子を化学合成する研究に取り組んでいます。たとえば、微生物が細胞間で通信するために使う物質、植物が外敵の侵入に応答して作り出す防御物質、がん細胞や病原性微生物を倒す力をもった物質、海洋性の藻類が作り出す巨大な猛毒物質など、ありとあらゆる物質を化学合成し、世界中の研究者たちとの共同研究を進めています。
中でも、微生物は種類が幅広く、人にとって良い働きをするものもあれば、農作物に付着すると変色させる、腐らせるなど悪さをする植物病原菌と呼ばれるものがたくさんあります。実際農家さんの多くは、農薬を使ってそれらに対処しているわけですが、微生物というのはほぼ間違いなく、自分自身の遺伝子を改変したり、薬剤が効かない細胞をどんどん分裂させたりすることで、薬剤耐性という抵抗力を持つようになります。つまりその植物病原菌を薬剤で殺そうとするから、耐性菌がはびこってしまうということは、殺さなければよいのではないか。植物病原菌が植物にダメージを与える何らかの機構があると考え、その働きをストップさせるような物質を見つけ、化学合成することが私のメインの研究となっています。
元々、化学が大好きで、理学部の化学科に進んだ私が農学と出会ったきっかけは、配属された研究室で師事した農学部出身の教授でした。たとえば、目も見えない、あまり音も聞こえない昆虫がなぜ出会えるのかというと、雌が漂わせているフェロモンという物質に雄が触覚で気づいて飛んでいくから。揮発性の物質により雄雌が出会うのだとしたら、物質を化学的に合成してばらまくと、どういうことが起こるか。逆にその出会いをなくす化合物を化学合成することができれば、次世代が生まれなくなるのではないか。生物のメカニズムは突き詰めると化学であり、生物を劇的にコントロールする化合物を化学合成する意義を教えてもらったことが、今の道に繋がっています。
私がいる分子生命化学科は5年前にできたばかりの新しい学科です。現在大学院の1年生は学科の第1期生ということもあり、非常に熱心でアクティビティの高い学生が集まっています。学生には狭い領域に閉じこもることなく、常に上だけを向いて世界のトップについていくよう走り続けることが大事であると伝えています。私も10数年前、海外で講演した際に、果敢に質問をしてくれるアグレッシブな学生が、ものすごい数いることに衝撃を受けました。この分野でやっていくなら、ぼんやりしている暇はない、全力でぶつからないと太刀打ちできないし、大きな目標に邁進するならフルパワーで臨んでも到達するスピードはなかなか出ないと、私も奮い立たされました。
長年研究に携わってきた中で、実際には、とある微生物を制御できる化合物がいくつかわかっているものはありますし、化学合成できたものもあります。それでも乗り越えなくてはいけないハードルは非常に高いし、実用化できるようになるまでを見据えると先は見えない状況ですから、ひとつひとつブレイクスルーを起こしていく必要があると考えています。
AとBという物質を組み合わるとCという化合物ができて、そこに更にDを組み合わせて…と最終的な目的物を完成させるまでのプロセスはレゴブロックをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。目的とする1つの化合物を完成させるまでに、早くても1、2年は要します。これまでに誰も合成したことがない未知の世界を手探りで進まなければならないということによるのですが、壮大なプロジェクトの完成に立ち会えるのは、ものすごくラッキーなことで、誰もが経験できるわけではありません。だけどピースのどれ一つ欠けても完成品にはならないわけですし、化合物全体からしたら部分構造であっても、その構築を担当したことはとても価値のあることだと思っています。
生き物が生合成といってタンパク質や酵素を使って、自分の細胞の中で化合物を作り出すのに対し、私たちはそれらとは全く違う手法で、フラスコの中でいろいろな化学反応を創り出しています。物質が合成できたことを確認するにあたって、機器分析で完全にデータがぴったり一致したとき、生き物が作るものを自分たちの手で創り出すことができたんだという大きな感動が訪れます。
自分の意図した化学反応がフラスコの中で少しずつ進行すること、目的とする化合物を少しずつ組み立てて、完成に近づくこと…ものづくりが好きであれば、日々大きなものから小さなものまで、私の研究室では感動の瞬間を味わうことができますよ。
・日々、化合物の合成が行われるフラスコ。たくさんの感動と出会える場所です。
・研究はとても長い道のり。学生たちにも全力でぶつかってと伝えています。