先生のSTORY
応用生物科学部
栄養科学科
日田 安寿美 先生
先生のSTORIES
応用生物科学部
栄養科学科
現在は主に二つの研究に取り組んでいます。まず一つ目は国際栄養学分野として「ケニア農村部における農業多様性を取り入れた持続可能な栄養改善プロジェクト」です。この研究は、ケニアで研究員をしている国際農業開発学科の卒業生から、栄養改善のための食事調査方法について相談を受けたことがきっかけで始まり、2019年から3回ほど、学生とともに現地を訪問しています。このプロジェクトは国際農業開発学科・入江先生、デザイン農学科・松田先生、国際食農科学科・山内先生、ケニアの研究チームと共にチームで取り組んでいます。
ケニアの都市部はビルが立ち並び近代化が進んでいますが、農村部は開発途上であり、スマートフォンや携帯電話の普及率は高いものの、停電が頻発している状況です。道路・水道・トイレなどのインフラ整備も進んでいませんが、各家庭は家族愛にあふれており、昔、私が両親から聞いた戦後復興期の日本はこんな様子であったのではないかと不思議と懐かしい感覚を覚えました。
ケニアの現状として、母親は太っているのに子どもは痩せている、といった家庭内における栄養不良の二重負荷が生じていました。また、かつてイギリス領であったことから甘いミルクティーを水代わりに飲む習慣があり、これが糖分の取り過ぎの原因になっていることや、穀類・芋類に偏りがちで料理に油分を多く使い「栄養バランスが悪い」、という課題が明確になりました。
そうした課題を改善するため、食事調査と結果のフィードバックおよび教材を、スマートフォンやタブレットのアプリケーションソフトとして組み込みました。これにより、改善点をその場で返せるようになりました。IT技術を使った効果的な「食育」が、栄養改善の促進につながることを期待しています。農業多様性の側面からは、不足している栄養素を補うために何を栽培したら良いかを考えてもらうソフトを組み込んでおり、ソフトの活用によりその家族や周辺地域にとって持続可能な栄養改善や健康増進につながるのではないかと考えています。
二つ目の研究は“スポーツ栄養”分野として「持久性運動選手を支える食事」についての取り組みです。農大には駅伝チームがあり、私は主に女子チームに関わり、「女性アスリートの三主徴」(無月経、骨粗鬆症、利用可能エネルギー不足) とそれに関連する因子について検討しています。高校生から大学生にかけても体格は変化していきますが、女子選手の場合、競技を実施する上で体重を軽くしようとする傾向があり、それにより体調を崩しやすく、怪我しやすくなる傾向が見られます。競技力の向上には、練習の強化とともに食事や休養のバランスが欠かせません。今後も、選手にとってより適切な食べ方を提案していけるよう検討していく予定です。
二つのテーマに共通するキーワードは食育ですね。それぞれ、対象者の状況に合わせたより良い食べ方を共に考え、提案していくことが重要になります。そのためには科学的根拠があるのか、実行可能か、などを検討していく必要があります。食べる事には実に様々な因子が関わりあっていますので、それらを整理し、解決方法を検討していきます。そのためには、栄養学に関する基礎知識や応用力、コミュニケーション能力が求められます。
農大の研究環境の魅力は、学生と教員がともに、フィールドにチャレンジできることだと思います。前述のケニアの案件では、現地の事情に詳しい先生方の指導の下、学生たちの安全を担保しながらホームステイを実施し、水汲みや収穫、調理などを手伝いながら、対象者から直接食事の話を聞くことが出来ました。生活背景を知った上で栄養改善の取り組みが出来るようになったと感じます。一方、女子駅伝チームについても、食事内容について写真を見ながら対象者と確認し、血液検査や体格測定、安静時の代謝チェックなどもご協力いただいています。課題を対象者にフィードバックし、健康増進や体調のコンディショニングに貢献しています。
現場に立って対象者と信頼関係を築き、コミュニケーション能力を発揮しながら、研究に臨む。そうした貴重な体験を積めるのが農大の魅力ですね。先行研究を踏まえてデータ解析結果を考察し、活用できる力を身に着けます。研究室には2-3人の教員がおりますし、大学院生とも一緒に研究しますので、様々な角度からアドバイスがもらえることも魅力的な体制だと思います。社会に出た際に様々な課題に直面すると思いますが、課題解決のためにはどのような手順でデータとして可視化し、伝えていけばよいか、卒論を通じて学ぶことが出来ますので、卒業生には情報を活用し、発信できる人としても活躍を期待しています。
学生の皆さんには、5年後、10年後、あるいはさらに先のなりたい自分を思い描き、そのために何をするべきかを考えて欲しいですね。まずは管理栄養士として基礎力をしっかり身に着け、応用力を発揮してもらいたいと思います。「栄養学」の分野では、人に寄り添う気持ちが大事ですから、栄養科学科の学生たちには、人間関係をしっかりと築ける人に成長して欲しい、ということを大切に伝えています。そして、科学的根拠をもとに人々のより良い食事のあり方を探求し、提案したり、データをまとめ発信したりしていける人になって欲しいと思います。一方で、教養分野の学びは、これからの人生を豊かにしてくれますし、仕事の幅を広げるのに役立ちますので、併せて学んで欲しいと思います。
農大生には、人のために積極的に行動できる人が多いと思います。「収穫祭」(学園祭)は学生たちが作り上げる大学の一大イベントであるだけに、来校者へのおもてなしの心が磨かれていると思います。栄養科学科には、全国から優秀な学生が集まって来ており、好奇心が旺盛で、学ぶこと、作ること、食べることを楽しんでいる姿は、本当に頼もしいと感じます。卒業後は、公務員や病院、学校、企業などで活躍する人も多くいます。農林水産省や厚生労働省で活躍している人もいます。大学院まで進むと管理職や大学教員、研究員として活躍している人もいます。収穫祭には卒業生が顔を出してくれて、在校生と交流し情報提供をしてくれるのも嬉しいことのひとつです。
受験生の皆さんや私たちが暮らす日本が比較的住みやすいのは、先人たちが作り上げてきた努力の賜物であると思います。また、世界的な長寿国なのは、様々な保健サービスを誰もが利用できる仕組みが整っているからだと感じます。それでもまだ、課題は残されています。当研究室の教員として思うのは、こうした世の中の仕組みを学んだ上で、世の中の課題を解決していける人になって欲しいということです。そうしたことの礎になるのが、皆さんのこれからの学びと行動だと思います。環境は全てが与えられるものではなく、つくっていくものです。皆さんのこれからに期待しています。一緒に学びを深めたい人、農大でお会いしましょう。
・複数の学科が参画し“チーム農大”で臨んだケニアのプロジェクト。意欲ある大学院生も参加しており、引き続きディスカッションを重ねている
・血液中の成分を分析中。エビデンスの重要性とともに、「信頼される人になってこそ!」の思いも大切に伝えている